元日本国――現在は神聖ブリタニア帝国エリア11と呼ばれている土地の首都。
その中でも政治の中心である政庁の正面玄関で、男はひたすらある人物を待っていた。
男だけではない、ここにいる男女問わず300人ほどは男と同じ人物を待っているのだ。
と、1台の黒塗りのリムジンが政庁の玄関に止まった。
コツ…コツ……
堅い革靴の音が静かな場に響き渡る。男は自然に頭を下げた。
それに倣うように他の人間もしっかりと頭を下げ、靴音の人物に敬意を表す。
ちょうど男の目の前で、その靴音はピタリと音を止めた。
「出迎えご苦労。しかし私は必要ないと言ったはずだが?」
「はっ!しかし、我ら皆殿下のご到着を心待ちにしておりますれば、お出迎えすることは当然と心得ております!」
「ふっ…真面目だな」
”顔を上げろ”とその一言で男は恐る恐る視線をその人物へと合わせた。
まず目に入ったのは一目みて高級と分かる布地で作られた漆黒の衣装。
それと同じ…否、それ以上に艶やかな少し長めの黒髪。
日に焼けたことのない透き通るような白い肌。
そして、スッと通った鼻筋に、形良く艶やかに桃色の唇。
強い意志の宿った切れ長の美しい紫の瞳。
まるでそれはブリタニアを象徴する紫水晶のようだ。全てが整い、美しかった。
男はその紫の瞳に釘付けになる。それは男の血に刻み付けられた本能だった。
自然に頭が再び下がったことに、男も誰も気付かなかった。
本能の命ずるがままに、支配者に頭を垂れる。
「お待ちしておりました。エリア11副総督、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
男は恭しく主――ルルーシュの左手を取ると、そっと甲に口付けを落とす。
神聖ブリタニア帝国第11皇子にして第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが
エリア11副総督として元日本の地を踏んだのは、春のうららかな季節だった。
その日アッシュフォード学園高等部は騒がしかった。
否、今日は新年度の始まりであるから、騒がしいのも当然ではある。
しかし、それだけではない何かがこの騒がしさの中にはあった。
そんな中、2年生のカレン・シュタットフェルトは首を傾げていた。
「ねぇ…今日は何かあるの?皆いつもよりはしゃいでるみたいだけど…」
「あ!カレンは知らないんだよな?じ・つ・は!あのルルーシュが帰ってくるんだよ!!」
「あのルルーシュ?」
得意げに胸を逸らしながらクラスメートにして同じ生徒会メンバーである
リヴァル・カルデモンド――少々ノリの軽い男だが、悪い人物ではないと
カレンは認識している――が言った言葉に、カレンは更に混乱に陥った。
「カレンは中学2年生のときに転入してきたもんね。ルルは1年だけだったから…」
「容姿端麗!成績優秀!頭脳明晰!運動神経は人並み!
それがシスコン皇子ことルルーシュ・ランペルージ!」
こちらもクラスメイトにして生徒会メンバーであるシャーリー・フェネット――水泳部と
生徒会を掛け持ちしている、ミレイ会長曰く肉体派の明るい少女である――によると
”ルルーシュ”というのは彼らと元クラスメートだったらしい。
しかもリヴァル曰くかなり人気があった人物であったらしい。
らしいばかりだが、カレンはすぐにその実物を見ることになった。
「……誰がシスコン皇子だって?リヴァル」
「ルルーシュ!」
「ルル!!」
2人の驚いた声にカレンが振り向けば、そこには1人の男子生徒が立っていた。
少し長めの黒髪、鮮やかな紫色の瞳、透き通るように白い肌に、計算され尽くした
かのように絶妙なバランスで存在しているパーツたち…確かにリヴァルの言う通り
『容姿端麗』である。思わずカレンも見惚れてしまったほどだ。
「久しぶりだよなぁ!こっちに帰って来るなら連絡ぐらいくれりゃ良かったのに!」
「悪い。急だったんだ」
「ねぇルル!もうニーナには会ったの?」
「いや、まだだけど…」
シャーリーとリヴァルは嬉しそうにルルーシュへと駆け寄った。
人気者であったというリヴァルの言葉に間違いはないのだろう。
次々にルルーシュはクラスメートに声を掛けられている。
その波が途切れた頃、ふとルルーシュとカレンの目が合った。
「……見ない顔だな。外部か?」
アッシュフォード学園は中等部から大学部までの一貫教育である。
故に途中からの入学者というのは、本国からの転入を除いてほどんどいない。
外部というのは数少ない高等部からの入学者を指す。
「あ!ルルは知らないんだよね。彼女はカレン・シュタットフェルトさん。
中学2年生のときに転入してきたんだよ。ちなみに生徒会のメンバーなの!」
「ち・な・み・に!容姿端麗、成績は首席!家柄も申し分なし!
ってことでかなりの人気だぜ?いや~ルルーシュ君お目が高い!」
リヴァルが茶化し、シャーリーが真っ青になったが、ルルーシュは至って冷静に
”ふぅ~ん”と呟いただけだった。自分で聞いておきながら、あまり興味はないらしい。
「もうルル!ゴメンねカレン。この無愛想なのがルルーシュ・ランペルージ。
ルルって何時もこうだから…もっと愛想良くすればいいのに!」
「必要性を感じないな」
「ルル!!」
さすがに余りにも無愛想過ぎだと思ったのか、シャーリーが咎めるような響きを持って
ルルーシュを呼ぶ。しかし彼はそれが全く聞こえていないように本を読み始めた。
その様子にカレンの眉がグッと寄せられるのを見て、シャーリーは更に慌てる。
といってもカレンが眉を顰めたのは自分が蔑ろにされたというよりも、
シャーリーの気遣いを無視したルルーシュに対しての憤りだったが。
「ルルってばこんな奴だけど!優しいのとこもあるの!だから…だから!」
「ええ…分かったわ」
”コイツが碌でもない奴だってことはね”そうカレンは心の中で続けた。
しかし、シャーリーは安心したようで”良かった”と呟いた。
やはり、自分が思いを寄せている人物が悪く思われるのは避けたいらしい。
(シュタットフェルト家か…あそこは確かコーネリア姉上についていたな)
一方ルルーシュはルルーシュの方でカレンに対してあまり良い印象は抱いていなかった。
何故ならば、カレンの家は本人がどう思っていようとも、有名な貴族の家柄である。
下手に親しくなれば、結婚だ何だ
と持ち出されかねなかった。
(可能な限り、近づかないのが得策だな)
カレンとルルーシュの印象はお互い最悪だった。
カレンはルルーシュを”嫌な奴”と認識していたし
ルルーシュはカレンを”貴族の娘”としか見ていなかった。
お互い繋がりを持つつもりなど全く無かったのだが
そうはいかないのが、ここアッシュフォード学園である。