僕は走っていた。
ここはブリタニアにある研究施設の1つだった。
僕は走っていた。
普段は立ち入ることは許されていない場所を走っていた。
偶にすれ違う人たちも僕を止めるようなことはしない。
だって、今この瞬間だけは僕はどこであろうと立ち入りを許される。
面倒な手続きも許可も必要ない。
ただこの茶色の髪が翡翠色の瞳が、日本人としての顔立ちが
僕のすべてが、今だけは許可証だった。
そして僕はひたすら走る。
唯一を求めて。僕の存在意義そのものを求めて。
《アラート1発生。全員研究所外へ退避せよ。繰り返す。アラート1発生。所員は全員退避せよ。》
警報がうるさかった。邪魔だ。
僕の唯一を探すためには酷く耳障りだった。
廊下の角を、スピードを緩めることなく曲がると
ちょうど目の前を黒髪と簡素な実験着がヒラヒラと舞っているのが、見えた。
「ルルーシュ!!」
「…スザク?」
腰まで伸びた黒髪を弄くりながら、僕の唯一はそこに立っていた。
高貴なアメジストと血を固めたようなスカーレットが僕を映す。
薄い桜色の唇はゆっくりと嬉しそうに弧を描いた。
彼の手に握られていたモノが、無造作に床へと投げ捨てられる。
「どこに行ってたんだ?目が覚めて、いなかったから、探したんだぞ」
「ごめんね、ルルーシュ。軍に行ってたんだ」
僕は努めて《枢木スザク》らしく振舞った。
僕が生まれてから5年間、叩き込まれた動きをトレースする。
容姿や服の趣味、それに言葉遣いや態度は言うにおよばず、
黒髪を撫でる仕草だとか、目線だとか、表情だとか、向ける感情でさえも
徹底的に覚えた。『僕』は《枢木スザク》らしくなきゃいけないのだから。
疑われてはいけない。不審に思われてはいけない。絶対に。
「それより早く戻ろう?」
「そうだな。ナナリーも待ってる…・・・あれ?ナナリー?誰だっけ?」
「っ!」
それは《禁忌ワード》だ。触れさせてはいけないもの。彼の記憶を戻すもの。
僕が教わった中でも危険レベルは超一級のものだ。
今まで笑っていた彼の顔が狂気に歪んでいく。
「な、な…り?だぁれ?な、なりってだぁ…れ?」
目が虚ろになっていく。意志の光が消えていく。
ダメだ!!思い出させてはダメなんだ。
彼は忘れていなくてはいけない。そのために…僕が…
「あ…ぁぁ……あぅぅ…うぐぅうう!」
グチャリと足元から肉が潰れる音が響く。
きっと床に落ちていた、死んだ研究員の死体が潰れたんだろう。
彼の真っ赤に染まった手が自身の肌を抉ろうと爪を立てる。
フワリと立ち上がった髪と連動するように壁がボコリとへこんだ。
べキッと体内で骨が折れる嫌な音がしたけれど、無視した。
「ルルーシュ。落ち着いて。僕の目を見て?」
「あ?……スザ、ク」
「さぁ帰ろう?僕たちが2人っきりになれる場所へ」
「そう、だな。俺たちは2人だけでいい。ずっと一緒だ」
そっと抱きしめる。彼は抵抗することなく、腕の中へと収まった。
そのまま僕は気付かれないように、彼の首筋に注射器を打ち込んだ。
彼がぐったりと凭れかかってくる。これで、僕の、仕事は…終わり。
「コードL00001を確保。死者20名、負傷者0名を確認。
コードS00024は活動を停止。これよりコードL00001を搬送いたします。」
眠れ、眠れ永遠の眠り姫よ。
貴殿は目覚めてはならぬ。
永久の眠りにつくがいい。
眠れ、眠れ永遠の眠り姫よ。
その眠りを守るは白い騎士のみ・・・・・・
設定補足
原作よりも何百年と経った時代の話。
ルルーシュのギアスは強くなり過ぎて目に見えるモノ全てを破壊する力を持っています。
心が不安定になると暴走して、殺戮兵器と化してしまいます。
スザク以外の存在は覚えていませんが、些細なきっかけで思い出す危険性があります。
厄介なことにC.C.と同じで不老不死なので殺すことも出来ず、
ブリタニアは永遠に眠らせることを選択しました。しかし、万が一目が覚めて
暴走してしまったときのために唯一彼を静められる存在《枢木スザク》のクローンを作成し、
彼そのものとなるように徹底的に教え込みました。この話で出てきたスザクは24番目のクローンです。