ルルーシュは目を閉じる。戦場でそれがどれだけ危険なことか、分かっていて目を閉じた。
現実に広がっているのは、目を覆うような酷い戦場だというのに、
目を閉じれば、そこにナナリーやスザク、生徒会の面々たちの笑顔が浮かんだ。
最後に見たナナリーの顔は涙だったのに、最後に見たスザクの顔は憎しみだったのに、
最後に見たニーナの顔は絶望だったのに、最後に見たシャーリーの顔は驚愕だったのに、
最後に見たミレイの顔は泣き笑いだったのに、最後に見たリヴァルの顔は混乱だったのに、
「お兄様、お茶にしませんか?」
「ルルーシュ!あのさっ今度の日曜日はさ!」
「ルルーシュ、君…あのね、この…物理の問題、なんだけど」
「ルル!また賭け事なんかして!!」
「ルルーシュ…君。アナタまたこんなところで昼寝なんてしてるの?」
「ルルちゃ~ん♪今度の祭りはすっごいわよぉvv」
「ルッルーシュ~♪なぁなぁ!今度の賭けチェスの相手なんだけどさぁ…」
目を閉じれば、思い出されるのは全員で笑い合った頃のことばかり。
笑い合って、ふざけ合って、些細な喧嘩と仲直りを繰り返した。
”また明日”そんな言葉が当たり前で、愛しかった。
『もう、十分だ。十分なんだよ』
例え、もうその中に自分が入ることがなくても。
彼の願いは”ナナリーに優しい世界を造ること”であり、
そのためにもその周囲の人間が笑顔でいることは必須だった。
これで、彼らはもう笑顔を失うことはないだろう、とルルーシュは思う。
元凶である自分は消えるのだから、と幸せそうに微笑んだ。
『俺の…俺の願いは――――』
ふと、操縦桿を握る右手に違和感を感じて、ルルーシュは目を開けた。
目に入ったのは、背負うようにコックピットに乗せているスザクの手。
軽く、まるで撫でるように彼の手はルルーシュの右手の上に置かれていた。
もっとも、スザクはすでに遺体となっているので、ただ振動で手が落ちただけだろう。
そっとその手を掴んで今度は落ちないように、元の位置へと戻してやる。その一瞬、
ルルーシュには目を閉じたスザクの表情が、ほんの少し微笑んでいるように見えた。
『…ふっ。我ながら、都合のいい思考をしているな。』
スザクはユフィの仇であるルルーシュに殺されて、さぞや無念であっただろう。
それはルルーシュの想像でしかなかったけれど、きっと、多分、間違いない。
だから穏やかな顔など、ましてや微笑など浮かべているはずもない。
きっとルルーシュのことを憎んで、恨んで死んでいったのだ、と彼は思った。
黒い長手袋を外し、ルルーシュは人差し指でスザクの唇を撫でる。
そこにはもう、あの日溜まりのような暖かさは微塵も残っていなかった。
『俺はな、スザク。勝手なことに、俺の願いは叶ったんだと、思いたいんだ』
どうかお前や大切な人たちの笑顔が曇ることがないように、と願った。
『俺の願いはただひとつ”笑っていて欲しい”それだけだったんだ』
愛しているよ、スザク。ずっとずっとお前が好きだった。
冷たく凍ったスザクの唇に、ルルーシュは自らの唇を重ねた。
まるで熱を移すそうとするかのように、そっと、しかし、しっかりと重ね合わせる。
もちろんスザクの唇に熱が戻ることはなかったけれど、
ルルーシュは満足そうに唇を離した。スザクの顔は、やはり穏やかに見えた。
『俺は だ』
ルルーシュは長手袋を嵌め直し、おもむろにオープンチャンネルのボタンへと手をかける。
外部に通信が繋がったのを確認した後、ゆっくりとその口を開いた。
『ブリタニア軍総員に告げる――――――――――』
その頃ブリタニア軍は再び苦戦を強いられていた。
突然指揮が崩れ、負けるかに思われた黒の騎士団は、
これもまた突然に、勢いを取り戻し、またも軍を追い詰めている。
そんな状況で、コーネリアの騎士、ギルフォードは焦っていた。
「クソッ!コーネリア様にはまだ連絡がつかないのか!?」
「何度も呼び掛けてはいるのですが・・・」
「ではダールトン卿には!?」
「政庁にお着きになったのは、兵が確認しております」
ギルフォードは彼にしては珍しく、忌々しげに悪態をついた。
こちらは主君の安否に気が気ではないというのに、敵は次から次へと湧いて出てくる。
しかも明らかに先程よりも統制が取れており、やり難いことこの上なかった。
戦況はまだブリタニア軍に若干有利、しかしそれも時間の問題だろう。
「ギルフォード卿!ゼロです!ゼロが現れました!」
「チィッ!こんなときに!」
このままでは、確実に政庁は黒の騎士団に落とされるだろう。
そして指揮官を欠いたブリタニア軍に、勝機は薄い。
ギルフォードにはこの戦況を建て直せるほどの技量は未だなかった。
コーネリアか経験を積むダールトンがこの場に居れば、また戦局は動いたかもしれない。
しかし今、2人は戦場におらず、ギルフォードの肩に全てが圧し掛かっていた。
『ブリタニア軍総員に告げる、私に従い降伏し、将軍は自決せよ!』
ゼロの声が戦場に響き渡る。ギルフォードは何を馬鹿なことをと鼻で笑った。
誇り高きブリタニアの兵士はたかだか一時的に負けそうだからと言って
敵に屈したりはしない、その確信が彼にはあった。
まだ、終わるわけにはいかない。彼の敬愛する主のために。
しかし、ギルフォードはそう思った次の瞬間、自らの目を疑うような光景を見た。
「な・・・んと、いうことだ」
ゼロに従い、兵士たちは次々に降伏または自決していく。
これではもう、戦況がどうという問題ではない。そして、
ギルフォードが状況を理解する間もなく、自らの腕は意思に反して動き出す。
まるで悪夢。否、これが夢だったならば、どれほど良かったことだろう。
「こ・・・んな、こんなことがあってたまるものか!ゼロが魔術でも使ったというのか!?」
ギルフォードは必死に凄まじい信念と精神力で、思い通りにならない腕を押さえ込む。
しかし、絶対遵守の力の前に、それはあまりに小さく儚い抵抗だった。
些細な切欠さえあれば、容易くその抵抗は崩れてしまうことだろう。
「忠義心厚いブリタニア軍の諸君らに、1つ教えてやろう。」
音のみだというのに、あの仮面に隠された顔が楽しげに
笑みを浮かべているのが分かるような声音だった。
ゼロは、何でもないことのように、決定打を放つ。
『コーネリア・リ・ブリタニアは死んだよ』
「・・・え?」
一瞬の放心状態―――それが完全な隙となり、無慈悲な命令は下される。
”嘘だ”と否定する間さえも与えない。心の砦が崩壊する。
一瞬の隙さえあれば、容易く絶対遵守の力は忍び込むのだ。
『死ね。コーネリアの騎士、ギルフォードよ』
静かな命令だというのに、それは抗い難い力を持っていた。
崩れてしまった砦では、防ぐことなど叶いはしない。
薄れ行く意識の中で、ギルフォードは視線を感じ、
ハッと目の前のモニターに目をやった。
「お、お前は!?」
目の前には漆黒の髪を揺らし、真っ赤な目を爛々と輝かせた少年が映っていた。
どこか見覚えのある少年がニコリと微笑む。どこか彼の主に似た表情だった。
そして、ギルフォードの記憶にも、彼にそっくりな人物の情報がある。
「ルルーシュ・・・殿、下?」
コーネリアに仲の良い兄弟だ、と言ってみせられた写真の中に、
そっくりな少年を見たことがあった―――コーネリアの異母弟にして、
帝国の第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
少年はあまりにその皇子に似すぎていた。
『チェックメイトだ、ギルフォード・・・姉上を守ってくれて、ありがとう。』
その言葉に、ギルフォードは自らの考えが間違ってはいないことを知った。
コーネリアの死んだはずの、弟。帝国に殺された、悲劇の皇子。
守れなかったと嘆くコーネリアに、ギルフォードは過去に何度も心を痛めた。
「コーネリア…様」
これが、因果応報というものなのでしょうか。
ならば、なんと悲しいものなのでしょう。
コーネリア、様。我が、敬愛する、主……よ。
最後の意識で、カチリとどこかで音が鳴るのを―――聞いた。
赤く燃える政庁を、コーネリアは動かない体で見つめていた。
かつて、最愛の妹と語り合った庭園も、今は炎に焼かれて見る影もない。
ここだけではない、全てが炎に焼かれ、消えていく。
埋め尽くす紅はまるで地獄にあるという、罪を清める火炎のようだ。
血という罪に濡れた地上を、炎が清めていく。
「私たちの罪も、この炎に焼かれれば、消えるのだろうか?…なぁ、ルルーシュ」
コツリ、とコーネリアの背後で靴音が鳴る。
ユラリと炎が蜃気楼のように揺れて、ルルーシュは現れた。
その顔に表情というものはない。その美貌と相まってそれは氷のように冷たかった。
傍にはカレンが控えているが、こちらは俯いているため、その表情を窺うことはできない。
『消えませんよ。俺たちの罪は、こんなものでは消せない』
「そう、だな。こんなもので楽になろうなどと…甘い、な」
フッとコーネリアは自嘲の笑みを浮かべた。
ルルーシュも、コーネリアも、数え切れないほどの命をその手で屠ってきた。
お互いそれぞれが信ずる信念に基づき、それが世界のためだと信じて。
しかし、現実はどうだろう。少なくとも、結果、コーネリアは最愛の妹を失っていた。
ルルーシュとて、失ったものは決して小さくはないはずである。
「ルルーシュ、私は、お前たちが、好き、だった」
『知っていますよ、姉上。貴女は俺たち兄妹を愛してくれていた』
「そう…か。それ、だけ、が…心、残り…でな」
――――今、逝く、ぞ、ユ……フィ
コーネリアの体から力が抜け、ガクンと崩れ落ちる。
ルルーシュは彼女の傍に寄ると、そっとその半分開いた目を閉じてやり、
自らもその瞳を閉じる。カレンも、まるで祈るようにその目を閉じた。
やるべきことは全て終わった。ほっとしたが故の、それは紛れも無く一瞬の油断。
パンッ
神聖な祈りを破るように、響いたのは一発の銃声だった。
「………え?」
何の変哲もない、ただの一般兵が持つ銃。ナイトメア相手ならば、
かすり傷1つつけることもできない、ただの銃だった。
瀕死の名もない兵士は、それでも必死に、その銃口をルルーシュへと向けていた。
「お…のれっ!総、督…の、かた…っ……き!!」
ドサリと力尽きたように、兵士がその場に倒れる。
それと同時に、ルルーシュの体もゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「ルルーシュ!!」
カレンが慌てて駆け寄り、傷口を見やる。
しかし、それは運悪く肝臓を傷つけており、どうみても、致命傷だった。今まで数多の
戦場を勝利に導き、また自身もジェレミアにもコーネリアにもスザクにも殺されずに、
生き残ってきたルルーシュは、たった1人の名も無い兵士に致命傷を負わされた。
「待ってて!!今…今、止血するから!」
ルルーシュが首元に巻いていたスカーフを破り、即席の包帯を作ると、
カレンは必死で傷口に押し当てる。しかし、血は止まらなかった。
ルルーシュの拍動に合わせて、ドクリドクリと血液が溢れ出す。
『カレ…ン、スザ、クを……ここ、に』
赤く光る絶対遵守の力が発動するより先に、カレンは無頼へと走り出していた。
涙でグチャグチャになった視界で、所々よろけながらも、何とか辿り着き、
今やもう、すっかり冷たくなってしまったスザクの亡骸を抱え、ルルーシュの元へ戻った。
「ほら、ルルーシュ…スザク、よ」
スザクの亡骸を、地面に仰向けに横たわっているルルーシュの隣に寝かせ、
その手をしっかりと握り合わせてやる。ここにいると証明するように。
ルルーシュは霞み始めた視界で、スザクの姿を確認すると、幸せそうに微笑んだ。
『あぁ…やっ…と、やっと…おま……に、ちゃ、んと…言え…る』
好きだよ
ごめん
ありがとう
愛してる
『俺…は、しあ…わ…せ……だ』
緩々とルルーシュの瞼が閉じていく、僅かに見えるその瞳は穏やかに凪いでおり、
大きくゆっくりとルルーシュは息を吸い込み、そして吐き出すことなく、呼吸を止めた。
随分と、呆気ない最後だった。歴史上稀に見るほど最悪の、仮面のテロリストの最後は
あまりにも唐突で軽いものだった。しかもその最後の言葉は、世界に対する恨み言でも、
志半ばにして逝く無念でもなく、ただ、唯一愛した男への、言葉だった。
「この!嘘つき!!私と…私は貴方の傍に居るって、言ったでしょ!?
なのに、勝手に、死んで!…なによ!1人だけ、満足そうな、顔、しちゃって!
このっ!馬鹿!馬鹿野郎!最初から、死ぬ、つもり、だった癖に!」
あまりの切なさに、カレンはその場に泣き崩れた。だが、
世界はルルーシュも、カレンも思わぬ方向で、動き出していたのである。
今こそ果たしてもらうぞ。私との契約を。
どこからか聞こえた声を最後に、政庁は、エリア11は、全世界が真っ白な光に包まれた。
世界が真っ白な光に包まれたその瞬間、帝国のブリタニア宮にて、
皇帝は【黄昏の間】と呼ばれる場所に、立っていた。
世界の混乱も嘆きも、その部屋まで届きはしない。
「ふむ。そろそろ来るころだと、思っておった。マリアンヌ」
いつもは皇帝自身しかいないその場所に、今はもう1つ影があった。
夕日が差し込んでいるようなその場所で、悠然と佇む皇妃マリアンヌ。
彼女は一丁の銃を皇帝に向け、ゆったりと艶やかに微笑んでいる。
「ふふ、お久しぶり、ですわね。陛下。」
「お前が来たということは…終わったのだな、全て」
皇帝はその手に握られた銃に臆することなく、
ゆっくりと彼女の方へと振り向いた。その顔に焦りはない。
「はい。灰色の魔女との連動は終了。思考エレベータも99.9%まで構築済みですわ。
後残すは、ラグナロク<神々の黄昏>を終わらせるのみ……」
「全ては予定通り、というわけだな」
「ええ、あの子はやれば出来る子ですもの。我らが王となる、偉大な存在なのですよ」
カチリと、その白魚のようにたおやかな指が、引き金へとかかる。
相変わらず艶やかな微笑みを浮かべたままに。皇帝もまた余裕を崩さない。
「では、最後の仕上げといこう」
「ええ。この世の王は1人だけ、2人はいらない」
パァンッ
響いたのは、二発の銃声だった。
全ては予定通り。ルルーシュ、貴方はよくやったわ。
本当に、いい子ね。だから、貴方に世界をあげる。
NEXT⇒【その願いはただひとつ】④
次が最終話になりそうです。うん。それはいいんですけどね・・・
ちょっと、ラストを急遽変えたので、オリキャラが出張ることに;(焦)
あ、名前とか出すほど出張っているわけではありませんが!
とにかく、明菜はルルーシュを幸せにしたいんです!