二人それぞれの銃口が相手の息の根を止めるため、ピタリと照準が合わされる。
確実に仕留めるために、照準は正確に心の臓に向かっていた。お互いに躊躇いは、ない。
かつての親友に、現在の敵に、2人は戸惑いなく銃口を向け合った。
「スザク!!」
「ルルーシュ!!」
そして、広い空間内に一発の銃声が響き渡った。ついで、何か重いものが倒れたような
ドサリという音がし、それっきりいっそ恐ろしいまでの静寂が広がる。
あまりの不安に、カレンは今まで固く閉じていた目をゆっくりと開いた。
数度瞬きをして、しっかりと倒れている塊に焦点を合わせる。
「・・・え?」
そこに倒れていたのは、スザクだった。マシンガンでさえも容易く避ける
スザクが何故一発の銃弾に倒れたのか。撃った本人である
ルルーシュでさえ、状況が理解できないようで、呆然としている。
「る・・・るぅしゅ」
「スザク!お前どうして!?」
スザク自身も何故自分が撃たれたのか分からないようで、溢れ出る血を
不思議そうに見ていた。スザクから流れ出る血が辺りを真っ赤に染めていく。
溢れ出す血は、それが致命傷であることをはっきりと表していた。
「あ・・れ?僕、避けた、のに?」
確かにスザクは弾道を見切り避けたばずだった。だが、撃ったはずの弾はどこにもなく、
代わりに彼自身が倒れている。それは、出血でぼんやりとした頭で考えられるほど、
瞭然とした――自分は撃てず、彼が撃った弾だけが自分に命中し、
自分は致命傷を負った――という事実を示していた。
「ま・・・さか!」
スザクははっと何かに気付いたように一瞬目を見開くと、憎々しげに
ルルーシュを睨み付けた。段々と痺れてきている指先を必死にルルーシュへと伸ばす。
まるで、この手で握り殺せるのならば、殺してやりたいと言わんばかりに。
「そ、うか!ギ、アス…を!」
”自分を撃てないように、ギアスをかけたのだろう”とスザクは言った。
しかし、当然ルルーシュはギアスなどかけてはいない。
否、一度だけどんな相手にも命令を下せる絶対遵守の力といえど、
一度使ってしまっているスザク相手には、もうかけることが出来ないのだ。
ルルーシュは緩々と否定するように首を横に振りながら、少しずつ後退していく。
「違う!ギアスは1人一回しか効かないものだ!お前にかかるはずが・・・」
「う…そだ!!」
「嘘じゃない!俺は・・・俺はお前に”生きろ”とかけたんだ!」
結果的にスザクに致命傷を負わせたのは自分、生きろとギアスをかけたのも自分、
その矛盾に、スザクを自分の所為で失うかもしれないという恐怖に、
ルルーシュはまるで自分の身を守るように、自らの体を抱きしめる。
捨てたはずの、亡くしたはずの心が壊れそうに、痛んだ。
「俺は…お前とナナリーが幸せなら…なんで……お前に生きて欲しかったのに!!」
血を吐くように搾り出された叫びに、スザクの目が今度こそ驚きに見開かれた。
ガタガタと震えるルルーシュを見て、そして、何を思ったか、狂ったように笑いだす。
「そ、うか!だ・・・からっ!俺は!」
何とも酷いギアスをかけたものだ、とスザクは笑う。
撃たれた傷が引き攣れるように痛むのも構わず、
”そうか、そういうことか”と呟きながら笑っていた。
「それ、じゃ。ぼ…くが、君…を撃て、る・・・わけ、ない。」
ユフィが死んだ今、スザクの生きる理由はルルーシュを守ることだった。
たとえ彼がゼロではないかと疑っていても、7年前から続くそれは変わらない。
だから、ルルーシュが死ねばスザクに生きる理由はなくなる。
実際、スザクはルルーシュを撃った後、ナナリーを助け出し、自分も死ぬつもりだった。
しかし、絶対遵守の命令を守るため、スザクはルルーシュを撃つことが出来ず、
結果的に、スザクはルルーシュに撃たれたのだ。一瞬が、生死を分けた。
「あはっは!皮肉…だね?ぼ・・くは、死・・・ぬんだ。
やっぱり、君…のねが、いは…叶わ…ない」
僕は…俺は、ルルーシュ。
君の…お前のことが好きだったよ。7年前から、ずっと。
俺は…僕は、スザク。
お前の…君のことが好きだったよ。7年前から、ずっと。
でも
だから
許せなかった。
生きて欲しかった。
「好き…だよ、ル………ル―――――――」
泣かないで、泣かないで、ルルーシュ。
ただ、僕は、君の笑顔が、見たかったんだ。
笑ってよ、ルルーシュ。
笑いが、止まる。ただそこに落ちるは静寂だった。次いで、
たった今まで、細いながらも聞こえていたはずの呼吸音が止む。
最後に、そのキラキラと輝いていた翡翠色の瞳からも、光が消えた。
それは、スザクの死を意味していた。今までずっとルルーシュの友であり続け、
そして最大の敵であり続けた男の死だった。
「ス……ザク?嘘、だろ?」
彼を撃ったとき、ルルーシュの中に、彼なら確実に避けるだろう、という計算が
あったことは否定できない。事実、彼はこんなにもショックを受けているのだから。
しかし、現実は酷く残酷で、結果的に、死んだのはスザクで、
生き残ったのはルルーシュだった。そう、結果的に。
ルルーシュが…ゼロが何よりも重視した【結果】だった。
ルルーシュはあまりの絶望に、ドサリとその場に膝をつき、ガクリと崩れ落ちた。
胸につけていた、流体サクラダイトが、カラリと床を転がる。
「こ…んなの!ありえない!スザクが死ぬなんて!コイツは何も悪くないのに!俺が!
俺こそが!罪を、罰を受けるべきだったのに!また俺から奪うのか?俺の大切なものは、
大事なものは、全部手の平から零れ落ちていく。母上も、ナナリーも、スザクさえも!
こんな世界認めない。認めてたまるか!俺は…俺は世界を―――――」
最後に呟いた言葉は一体何だったのか、あるいは言葉などなかったのかもしれない。
その瞬間、いつかのときのように遺跡にある紋章が急に赤い光を発し出した。
それはどんどん強くなり、その内に目を覆うほどになり、そして唐突に、消えた。
それからいくらも経たない内に、中央の扉が、ゆっくりと開く。
「待ってたよ。ゼロ。それともルルーシュ・ランペルージ?
ああ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの方がいいかなぁ?」
クスクス笑いながら出てきたのは、ナナリーの車椅子を押す――V.V.だった。
しかし、先ほどからルルーシュは顔を上げるどころか、ピクリとも動かない。
そのままV.V.は無邪気な仕草でルルーシュの顔を覗き込む。
「あは!そうだよ!それを僕は待ってたんだ!待ってたよ!僕らが王!孤独な王様!」
クルリクルリとV.V.は楽しそうにルルーシュの周りを回る。
傍にあるスザクの亡骸には目もくれずに、クルリクルリと回り続ける。
そして、とうとうその小さな片足がスザクの亡骸を踏みつけそうになった瞬間、
『止めろ。V.V.』
絶対的な、命令。V.V.だけでなく、その場にいたカレンとナナリーも
思わずビクリと身を揺らした。その言葉だけで、息をも止めそうな緊張が広がる。
それまで傍若無人に動き回っていたV.V.でさえ、一瞬動きを止めた。
「どうして?そんなに枢木スザクが大切なの?君は僕らの王様なのに!」
『止めろ、と言っている』
ぶぅっと膨れるV.V.には構わず、ルルーシュは再度そう告げる。
V.V.はしぶしぶその言葉に従い、亡骸の上へと下ろそうとした足をどけた。
それを確認するかのように、ルルーシュはゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。
「ル…ルーシュ…あなた?」
カレンは思わずと言った風に呟いた。先ほどから衝撃が多すぎて、
彼女には言葉を止めようとする理性さえ残ってはいなかった。
ルルーシュの瞳は両目とも、本来の紫水晶のように美しい紫ではなく、
禍々しいほどに真っ赤に染まっており、中央に赤い鳥が羽ばたいている。
しかし、それはマオのような暴走というわけでもなく、瞳の炎は凪いでいた。
『ナナリー?』
「お…兄様」
ルルーシュはニッコリと蕩けるような笑みを浮かべた。
ナナリーとスザクだけに向けられる優しい笑みである。
いつもはナナリーを安心させてくれるものであったはずなのに、
今は何故か言い知れぬ不安を感じさせるほど、それは儚い雰囲気を纏っていた。
ナナリーは兄が消えてしまいそうな気がして、不安げに手を伸ばした。
『V.V.から全て聞いたんだろう?心配をかけてすまなかった。
もう、忘れてくれていい。こんな酷い兄のことは忘れて、幸せになるんだ。』
キュッと安心させるように手を握る兄の手はいつもと変わらないのに、
その雰囲気だけが儚げで、少しでも風が吹けば消えてしまいそうなほど薄い気配に
ナナリーは縋り付くようにルルーシュの手を握り締めた。決して離すまいと思って。
「お兄様!イヤっ!イヤです!私は…私はお兄様と!」
『お前の目が見えるようになる頃には、きっと平和な世界になっているから』
カッとルルーシュの両目が一層輝きを増し、
2羽の赤い鳥がナナリーへと向かって飛んでいく。
それはまるで吸い込まれるかのように、彼女の中に染み込み、そして消えた。
「お…にい……さ…ま」
『お休み、ナナリー。お前に優しい世界を』
――――嘘つき
ナナリーの最後の呟きは、誰にも聞こえることなく、ただ空気を震わせただけだった。
ぐったりと力の抜けたナナリーの体を車椅子に乗せ、ルルーシュはクルリと
カレンのいる背後を振り返る。思わず、彼女の体がビクリと揺れた。
『カレン…』
「……あ」
『君も、一緒に来るか?』
以前”君も私の正体が知りたいか?”そう聞いたときと同じように、
ルルーシュはそうカレンに尋ねた。あのとき扉の向こうで
こんな顔をしていたのだろうか…カレンは質問されたことも忘れてほうっと見惚れた。
しかし、答える表情にはしっかりとした覚悟があった。
「私は…貴方が望むなら、共に進みます。貴方と共に」
『そうか…なら、共に優しい世界を作ろうじゃないか?』
クスリと笑うルルーシュは今まで見た誰よりも、何よりも美しい。
しかし、どこまでも纏う空気は儚く、一瞬でも目を離せば消えてしまいそうであった。
カレンはそんな彼を引き止めたくて、半分無意識の内にルルーシュの袖をギュっと握った。
『…カレン?』
「ゼロ…いいえ、ルルーシュ。私は…貴方の傍にいるわ」
『……ありがとう』
そう言って笑うルルーシュがあまりにも美しかったから、
カレンは忘れていたのだ。彼が嘘つきだと言うことを。
最愛の妹にさえ嘘をつき、そうまでして優しい世界を作ろうとした彼の真意も。
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