2人が紅蓮弐式でトウキョウ租界の戦場に戻ったとき、黒の騎士団は圧倒的に
不利な状況に追い込まれていた。また、ゼロが突然戦線を離れたことによる
士気の低下、ゼロへの不審、指揮系統の混乱、全てのことについて
黒の騎士団は完全にブリタニア軍に押されていた。
紅蓮弐式の肩に乗ったカレンは不安そうにコックピットを見つめる。
「ゼロ!?」
「今更戻ってきやがって!俺たちを一度は見捨てた癖に!」
ルルーシュが本部車両――皇族専用陸船艇を乗っ取ったものだ――に着くと
次々にゼロを不審に思う者たちから、戦闘中にも関わらず通信が入った。
ルルーシュは紅蓮弐式に乗ったまま、無言で通信のスイッチを押す。
その間に、カレンは紅蓮の肩からヒラリと飛び降りると、
そのまま無頼を調達しに本部車両へと駆けて行った。
「一体どういうつもりだ!?ゼロ!貴様の所為で黒の騎士団はっ!」
騎士団の中でも一番怒り狂っていたのは、前線指揮を任されていた藤堂鏡志郎だった。
やはり、一番前線で戦闘をしている分、許せなかったのだろう。
しかし、ルルーシュは慌てることなく、あくまで落ち着いた声で告げた。
『落ち着け、藤堂。私の指示に従え、そうすれば勝たせてやる』
「……ああ、そうだな。お前の言う通りにしよう」
「藤堂さん!?」
「中佐!?」
突然態度の変わった藤堂にさすがの四聖剣も戸惑いを隠せない。
先ほどまで戦線を逃げ出したゼロにあれほど怒り狂っていたというのに、
いったいどういう風の吹き回しなのか、あっさりとその指示を聞いてしまっている。
絶対遵守の力――ギアス、その存在を知らない者たちにはさぞや奇妙に映ったことだろう。
『朝比奈、千葉、卜部、仙波、お前たちも私の指示に従え』
「「「「承知!!」」」」
いったい何が起こっているというのか、まるで性質の悪い手品でも見ているかのように、
次々と黒の騎士団はゼロの言葉に従い始め、最初より数は確実に少ないものの、
それでも十分対応できる策を練り、巻き返しを図ってくる。
何より、その士気の高さが異様だった。例え囮のような突っ込み役でも、
誰も臆することなく一気に突進してくるのである。これにブリタニア軍は僅かに怯んだ。
『よし!これは好機だ!総員、ミッション4の配置図に従い、一気に攻め込め!』
「「「「「「了解!」」」」」」
ルルーシュの両目は爛々と輝きを増し、赤い鳥は引っ切り無しに
相手に命令を実行させるべく、飛んでいく。そこに以前のような
条件は存在しない。絶対的な支配力がそこにあった。
「ゼロ!無頼を調達してきたわ!あっちで乗換えを…」
『いや、ここで構わない』
「でも!ここで降りたら貴方の素顔が…!!」
スザクに割られてしまった仮面は、手元にこそあるものの、
被り直すことなど最早出来るはずもなく、それはただ傍らに置かれていただけだった。
このまま、無頼への乗り換えのため、ハッチを開ければゼロの正体は間違いなく露見する。
しかし、カレンの心配を他所に、ルルーシュはフッと笑って言った。
『もう…いいんだ。一番隠したい奴には、バレたからな』
それは「妹?それとも…」カレンは尋ねようとした言葉を飲み込んだ。
今、ここで聞くべきようなことではないような気がしたから。
変わりに無頼を操作し、無言でパイロット席のハッチを開く、
ルルーシュも紅蓮弐式のハッチを開き、その場にスラリと立ち上がった。
「あ、れが…ゼロ?」
「綺麗…」
「何て言うか…神々しい」
周囲の黒の騎士団員たちに驚きの声が広がっていく。
今までずっと隠されていたゼロの正体はあまりに美しく、そして若かった。
何も知らない者でも、彼が騎士団内最年少のカレンと同じ歳ぐらいだろうと分かるほどに。
漆黒の髪は緩やかに風に靡き、どんな顔料でも表せないその美しく白い肌は日光を
反射してキラキラと光ってさえ見え、何よりそのスカーレットの瞳が、
見るものに畏敬の念を抱かせ、過ぎるほどに整った顔立ちは氷のように冷たかった。
ルルーシュはコックピット席に乗せていたスザクの亡骸を先に無頼に乗せ、
自らも乗り込むと、最後にそっとナナリーをその手に乗せた。
「ルルーシュ、次はどこに?」
貴方が行くところなら、どこにでも着いていく。
だから、そんなに寂しそうな顔しないで。
『そうだな、カレン…次は、箱庭を壊しに行こうか』
彼女たちが用意してくれた、とてもとても居心地の良かった箱庭に。
もう2度と戻らない日々を思い出せる場所に。
『次の目的地は――――アッシュフォード学園だ』
別れを告げよう、引き返す道は、いらないのだから
ちょうどその頃、アッシュフォード学園では未だに
黒の騎士団、特派、ニーナの乗るガニメデの睨み合いが続いていた。
むしろガニメデの持つ爆弾故に、残り2つは手を出せないと言った方が正しいだろう。
「ゼロはどこなの!?ユーフェミア様を殺したゼロはぁあ!!」
「知らねぇって言ってるだろ!急にどっかいっちまったんだ!」
「嘘よ!アイツを隠してるんでしょう!?出しなさいよ!」
いつもオドオドした様子でイレヴンに対し怯えていたニーナは今、
常にはありえない激しさで、玉城と言い争っていた。しかし、
先ほどから、押し問答が続くばかりで、段々ニーナは恐慌状態に陥り出した。
「ゼロゼロゼロゼロゼロ!どこなのぉ!?」
『ここだよ、ニーナ・アインシュタイン』
懲りずに玉城が怒鳴り返そうとしたところに、現れた一機の無頼、
そしてその横に控えるのは、自他共に認めるゼロの右腕、紅蓮弐式。
更に、無頼から聞こえたのは、間違いなくゼロの声だった。
「ほら!やっぱり隠してたのよ!殺してやる!ユーフェミア様の仇!!」
『止めろ、ニーナ』
ニーナは無頼を見止めると、歓喜の笑いを上げながら、
ゼロの静かな静止にも構うことなく、ガニメデが抱えていた爆弾を
地面に叩きつけようと、腕を振り上げる。
「うわぁああ!?死にたくねぇよ!」
「……くっ!」
その場にいる誰もが、一瞬固く目を閉じた。僅かな静寂が流れる。一秒経ち、二秒経ち、
しかし、いくら待てども来るはずの衝撃も光も来はしなかった。
そろりそろりと全員が目を開け、その場の光景に驚愕の表情を浮かべた。
「ど…うして?何で!?」
ガニメデは爆弾を振り上げた姿勢のまま、動きを止めていた。
否、ガニメデが動かないのではない。ニーナの腕が彼女の意志に反して、
それ以上の動きを拒否していた。どれだけ力を込めようとそれは決して動かない。
「どうしてよぉお!?ゼロを!ゼロを殺さなきゃいけないのにぃ!!」
手を、足を、どれもこれも動かすことは出来るというのに、
何故か爆弾を爆発させるための操作をしようとすると、ピクリとも動かなくなるのだった。
『無駄だよ、ニーナ。この戦闘が終わるまで、君は眠っているといい』
ゼロの言葉がまるで魔法のように、彼女を眠りへと誘っていく。
絶対遵守の力はほどなくして、彼女を深い眠りへと落とした。
おそらく、ゼロの言葉通りこの戦闘が終わるまで彼女が目覚めることはないだろう。
「ニーナ!?アナタ、彼女に何をしたの!?」
「畜生!この人でなし!!」
ぐったりと力の抜けたニーナの体をコックピットから引き摺り下ろし、
眠っているだけなのを確認してから、ミレイとリヴァルは無頼を睨みつける。
その間にセシルは、未だガニメデが抱いていた爆弾を撤去した。
誰もがほっと胸を撫で下ろしたとき、彼女はすでにそこにいた。
シャーリー・フェネット――ゼロに記憶を奪われた、人。
「ゼロ!ねぇ教えてよ!?どうして私の記憶を消したの!?」
シャーリーは目に涙を溢れさせて、ゼロの無頼の真正面に立った。
誰かが後ろで”危ない”と叫んだが、シャーリーは一切怯まない。
それはゼロの正体を知っているからなのか、それとも本能で知っているのか。
しかし、それは周囲にはあまりに無謀な行動に見えた。
「シャーリー…?何を、言ってるの?」
ミレイはニーナを抱えたまま、ゆっくりとゼロの乗る無頼とシャーリーを見比べた。
ゼロが他人の記憶を操作出来ようが出来まいが、そんなこと彼女には関係ない。
しかし、今までバラバラだったパズルのピースが彼女の中で急速に組み立てられていく。
「今の何?」
「ちょっと、喧嘩して…」
「で?他人ごっこ?可愛いプレイだねぇvv」
「…悪いけど、あわせてくれますか?ほとぼりが冷めるまで」
「ま!いいけどさぁ?…長引きそう?」
「ええ……多分」
急に変わったシャーリーの態度、余所余所しくなった彼の仕草、
他人ごっこという単語、おかしな彼の行動、それらが指す意味は…
「私が貴方の正体を知ったから?だから、カレンと一緒に私の記憶を取ったの?
返してよ!私の記憶!私がどれだけ怖かったか…っ!!」
その場にシャーリーの嗚咽が響く、誰も動くことなどできなかった。
先ほどのニーナの件といい、現在のことといい、衝撃的事実が多すぎて、
常には冷静なはずのロイドやラクシャータでさえ、呆然とその場に立ち尽くしている。
静寂が続く中、ゆっくりと無頼のハッチが開き、ゼロが姿を見せた。
「嘘…だろ?」
「ルル…ちゃん?」
漆黒のマントに身を包み、悠然とその場に立っているのは間違いなく、
アッシュフォード学園高等部2年生生徒会副会長、ルルーシュ・ランペルージ、
そしてミレイたちアッシュフォードが、必死に守ってきた掌中の珠、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。
誰もが息を呑む中で、カレンは1人紅蓮のコックピットで涙を流す。
これで、ゼロが…ルルーシュが大切にしていた居場所は、なくなった。
『シャーリー…』
「気安く呼ばないでよ!!早く!早く私の記憶を返して!人殺し!」
無頼から降り、コツリコツリとシャーリーに近づいていく。
泣き崩れるシャーリーまであと一歩ほどの距離で、その足音は止まった。
向かって右手にはミレイ、リヴァル、そして特派が、
向かって左手には玉城率いる黒の騎士団が、それぞれを見回した後、
ルルーシュはゆっくりと口を開いた。
『ごめん。そんなつもりじゃなかったなんて、言い訳にしかならなけれど……
君の笑顔は眩しくて、俺の救いだったんだ。ただ、君に笑っていて欲しかった…』
そう言ってはんなりとした笑みを浮かべるルルーシュに、
一瞬シャーリーでさえもその美しさに目を奪われる。
でも、どこか諦念を浮かべるその表情は痛々しくて、思わずシャーリーは口を開いた。
決して思い出したわけではない、それはただの反射だったのかもしれない。
「ル……ル?」
『………っ!!』
もう2度と呼ばれることはないと思っていた呼称に、ビクリとルルーシュの肩が揺れる。
そしてクシャリとその笑みを歪めた。まるで、泣き出す一歩手前のようなそんな顔だった。
自分は何か間違った?・・・シャーリーはふと、そんな思いにかられた。
全てはもう、今更なことだったのだけれども。
『さよなら、シャーリー。君に、今度こそ笑顔を…』
「ダメぇえええ!!」
倒れこんできたシャーリーをルルーシュは優しく抱きとめ、地面へと横たえる。
今度こそ、ルルーシュが彼女の笑顔を曇らせることはないだろう。
そう確信して、ルルーシュは心からの笑みを浮かべた。
一度だけシャーリーの髪を梳いてから、ルルーシュはミレイたちの方へ向き直る。
『ミレイ…』
「ルルちゃ……ルルーシュ様」
久方ぶりに呼ばれた名前に、ミレイは笑みを浮かべようとして…
しかし出来ずに、結局中途半端な泣き笑いのような表情になってしまった。
”我ながら、上手く笑えてないわね”と彼女のどこか冷静な部分が告げる。
『今までありがとう、ミレイ。アッシュフォードが俺たち兄妹のために
造ってくれた箱庭は、とても優しくて、暖かくて、心地良かったよ。』
「…光栄です。ルルーシュ、殿下。私たちは…私はルルちゃんの、役に、立てた、かしら?」
耐え切れずにミレイの目から涙が溢れ出す。嗚咽交じりの声は所々聞き取りにくくて、
ほとんど音になっていないような部分もあったが、ルルーシュは黙って耳を傾けていた。
ミレイも、これが最後だ、と必死に自らの想いを語る。
「貴方に…思っ…出を!…あげた…くて…っ!」
『……』
「ルルー…シュっ!…好き、なの!好き、だから!」
笑って、お願いだから、いつものように『しょうがないですね…会長』って笑って。
貴方の笑顔は、ほんの少しだけ口の端を上げて、困ったように目じりを下げるの。
それが見たくて、だから色んな無茶もした。笑ってくれると幸せだった。
ルルーシュ様、殿下、ルルちゃん、ルルーシュ…好き、なの。
でも、そんな悲しい笑顔は見たくなかったのよ。ルルーシュ。
『僕も、好きだよ。ミレイ。お嫁さんにしてあげられなくて、ごめん』
幼い頃の戯れの約束。皇子と後見の家の娘として、いずれ結婚すると知ったとき、
2人でちょっとよそ行きの服をウエディングドレスに、野の花をブーケに、
玩具の指輪を誓いにして、俺たちは結婚式を挙げた。今思えばただの戯れ。
本当の恋も知らなかったときの、ただの戯言。それでも、俺たちは…
『ナナリーを、頼む。幸せに…この世の誰より、幸せにしてやってくれ』
「全ては、貴方の御心のままに…ルルーシュ様」
ルルーシュは遠隔操作で、無頼の腕に抱えていたナナリーをミレイへと手渡した。
そっと、本当に心の底から愛しいという風に頬を撫で、完全に手を離す。
彼女の華奢な体は、しっかりとミレイの腕の中に納まっていた。
『リヴァル』
「ル…ゼ……何?」
ルルーシュと呼ぶべきか、ゼロと呼ぶべきか一瞬迷った後、
リヴァルは結局どちらも呼ばずに、ルルーシュと向き合った。
真っ赤に染まった両目は、何故か彼にはとても痛々しく見える。
『代打ち、断っといてくれよ?』
「な、何言ってんだよ?期日まで間がないし、断れないって!…だからさっ!」
”だから、何だろう?”リヴァルははっと考えた。
ルルーシュは、彼はゼロで、帝国の敵で、自分たちを騙していて、
でもそれ以上に、ルルーシュはリヴァルにとって、悪友だった。
ここで、ルルーシュが『分かった。行くよ』そう言ってくれるだけで、
彼を信じられる気がした。彼が帰ってくると思える気がした。しかし、
『さよなら、リヴァル。楽しかった』
「待てよ!待ってくれよ!!ルルーシュ!!」
ルルーシュの足は、淀みなく動き、そのまま無頼へと乗り込む。
リヴァルの叫びには振り向かない、振り向けなかった。
一瞬で儚くも美しい笑みを消し去り、ルルーシュはキッと前を向いた。
『玉城、ここの黒の騎士団は撤退させろ。それから、特派は
戦線には加わらず、学園の生徒を守ることに終始しろ』
「…分かった」
「分かりましたぁ」
赤い鳥が2羽、羽ばたき、玉城とロイドの目が赤く染まる。
これで、もうこの箱庭ですることは何もなくなった。
ルルーシュにはただ進むための道しか残ってはいない。
『カレン。行くぞ』
「…はい」
引き返すべき道は、もう、なかった。
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